-記述2・その日の夜、藤ヶ丘二丁目某所- 怪奇な夢のように、無個性な四角い一戸建てが並んでいる。道を歩いているだけで、家のお化けたちが、右から左から語り掛けてきそうだ。街灯も滅多になく、ひたすら暗い。 細い道を少女が歩いている。 三脚付きの望遠鏡を担ぎ、メガネの青年もついていく。 道は、行き止まっていた。変わりばえのしない一戸建てによって行く手を阻まれ、終わっている。 「やだやだ。さもしそうに肩を寄せ合っちゃって。ここら一帯、まるで家の在庫処分場だわね。こんな不便で陰気な所によくも住むもんだわ」 「移住するのも簡単ではないでしょう。住民としては一生住むつもりで買ったのでしょうし、大きな買い物だったでしょうから。我々のように、安アパートやレオパレスを点々とする浮草生活とは違うのですよ」 「講釈はいい。黙りなさい。私の世話人のくせに」 「失礼しました」 青年は少女の言葉に全面同意しかしないような微笑を湛えている。 「フン、でも、来てみたら分かったわ。ここの雰囲気は、異常≠諱Bムカつくくらいに、異常≠感じるわ。いかにもエーテルが溜まりそうな場所だわ」 少女はおとがいに手を当て、クイと顔を上げる。 「……何やってんのよ。スコープの準備! 世話人なら気を回すものよ」 「失礼しました。準備しましょう。しかしお言葉ですが、住民に怪しまれませんか?」 「その時は『天体観測してる』って言う」 少女は目の前に準備された望遠鏡を覗いた。 レンズが捉えたのは、夜空の星ではなく、正面の一戸建てである。 窓は真っ暗、生活臭のない家。 少女はレンズ越しに、 「大きな反応があるわ。町長の時よりも純度が高いわね。ワックスで磨いたリンゴみたいに真っ赤よ。r値は88.5……。町長のエーテルの産生点はここに違いないわね」 「クロと言える数値ですね」 「町長のエーテルの志向性から、発生源があることは一目瞭然だった。きょうの日中、広範囲にサーチをかけてみたのよ。この地点に強い反応を観測した。来てみたらドンピシャだわ。元凶のエーテルは、この家の中ね」 「日中といいますと……。さやきさん、学校へ行きませんでしたね?」 「うるさいなぁ。明日は行くわ」 「仕事熱心なのも程々にして下さいよ」 「うるさいなぁ。世話人のくせに」 「仕事と学業の両立を図っていただくのも、世話人の役目です」 「……」 少女は黙って青年を振り返った。 思い切り踵を挙げ、青年の靴の先を踏み潰した。 「いたたっ」 青年は微笑を歪め、うずくまった。相当の激痛だろう。元々の顔が笑っているというだけで。 痛みで足を押さえる青年の両手ごと、 ガシッ。 グシッ。 グチャッ。 ボーリングのドリルのように踏み付けること四十回。少女は呼吸一つ乱れず、フリーバッティングで快打を連発した野球選手みたいに、爽快な顔で言った。 「仲間割れは、したくないなぁ?」 「承知しました」 「観察を継続するわ。この家を観察できる場所までスコープを運んで。近くの家の屋根でいいわよ」 「かしこまりました」 ほほえむ青年は、蜂に刺されたみたいに脂汗を垂らし、手から血と皮を垂らし、望遠鏡を抱えた。 |