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                    Ψ
 
 二日後。だったかな。記憶がひどく曖昧だが。人の手形にも似ているプラタナスの葉がカフェオレ色になり、アスファルト上をカサカサと転がる中、俺はA市A駅に降り立った。ここから俺の命の終わりまで、あと四百歩。
 本当なのかよ?
 と、自分でも疑いたいところだが、現実なんだろう?
 落ち着け、俺らしくないじゃないか。こういう時は、順を追って整理してみるんだ。
 まず昨日だったか。美奈の団地に行った次の日だから、確かに昨日だな。いつもの不毛な勤務を終えた俺は、いつもの不毛なスロットに繰り出した。
 行き先は、この間と同じ、屋内立体駐車場のある大型店であった。
 俺は、千枚出したと思ったら一気に二千枚ハマるといった天国地獄混沌状態のキラびやかなメリーゴーランドにて、超速で回り続けた。このランダムな上昇と下降の嵐によるトランス感がたまらないんだ。体中から汗が吹き出すかと思えた。これまでになくエキサイティングな勝負だったな。五、六万勝ったり負けたりしていておかしくない展開だったところ、トータルでは一万円の勝ちに収まった。煙草代くらいにしかならんな。ま、俺は祝祭的トランス感を楽しみに来ているんで、金など二の次だが。
 閉店間際、悠々とした満ち足りた気分で俺は駐車場に戻った。すでに時間は遅い。フロアには二台しか止まっていなかった。そのうち一台は、見るも無残に大破している黄色のNSXであった。
 隣の胴長なベンツのドアが開き、出て来たのはニコニコ腺目の神明夫ちゃんだ。なんだい、やけに豪勢な営業車に乗り換えたな。
 神は一歩ごとに五寸釘が頭まで埋まるような硬い足音を立て、俺に近付いて来た。
 そして、長い足から上をガクンと傾け、こう言うのであった。
「かたじけない! 先生!」
 十秒ほどして頭を上げ、神は説明した。彼のCOBカンパニーが資金繰りに行き詰まり、倒産の無念に至ることになった、と。
 俺という債務者にCOBという債権者が存在するのと同様、COBにもまた経営設備や資金を投資している債権者が存在する。今回、その債権者たちがCOBの同意を取り付け、経営を引き継いだ。そして彼らがCOBに代わって債権回収に当たる。
 ニコニコ顔のこめかみに流れる冷や汗を拭う神。JAFを呼ばなきゃ動きそうにないNSX。ベンツのミラーウィンドウの中から漂ってくるヤクザ屋の気配。
 黒塗りの車の右のウィンドウが四割ほど開き、左ハンドルを握っている大柄な人影が覗いた。
「腎臓、肝臓、膵臓ぐらい売っとこうか。先生」
 ちっ。マジかよ。優良金貸しって言ったって、潰れちゃダメだろうが、神くん。
「先生、ここは彼らに従うべきでしょう。気の長い人種ではありませんから」
 神は世の中を常に冷笑しているがごとき顔に拍車をかけ、異常に冷ややかに囁いた。
「我が社も運が無く、非常に遺憾でした。先生、再会した折には共同事業でも立ち上げたいですね」
 なんだ、その、二度と会わないフラグのような言い方は。
「なあ先生、二千三百万も借りたあんたが悪いんだぜ。おれらは焦げ付きは断じて許さないタチでね。ビシビシいくぜえ。おたくの愛車にも軽く挨拶しといた。動産は金にならねえ。おたくみたいな珍車は流しても足がつくしな。さて……。耳揃えて払えよ! どうすんだ、おら! おめえの実家や学校に取り立てに行ってもええんやぞ!」
 屋内駐車場の螺旋をギュルルンと網羅する恫喝。傍からは、俺がベンツを前に立ち尽くしているようにしか見えんな。この間、俺の心の中を特定の一言のみが去来し続けている。「マジか。マジか。……マジか?」
 いっそのこと、このまま相手方のテンションが上がりまくり、拳銃なりバズーカなりを撃ちまくってくれるとか、ベンツがロボットに変形して陸上選手並の足で俺を追い掛け回すとか、そのくらいハジけた状況になってくれたらな。俺はその状況が夢だという確信とともに、駐車場から悠々飛び降りでもして家に帰ってやるんだがね……。
 しかし、診断書を読み上げる医者みたいな淡々としたヤクザ屋の雰囲気が、状況の説得力を漆喰のようにべたべた補強していく。後部座席のウィンドウも少しだけ開き、動物園の猛獣館に入ったときのような痛い空気と、小さい銃口が覗く。たかが鉄の塊ふぜいが大したもんさ。少なくとも、この場から動いてみようという気は無くなった。
「なあ先生。あんたの返済プランを考えてみたのさ。まず、あんたの住んでるマンションを売れや。不動産の鑑定士に訊いたら、K町の高級物件だから一千万くらいにはなるってよ。そしたらあと千三百万。臓器は最近値崩れしてるから、内臓もろもろ頂いて百五十万か。残りは千百五十万円。おい! 先生! こら! おめえに関連する物品を軒並み売っても全然残るじゃねえか。ええ? どう!! するつもりだよ!!」
 俺は苦痛に胸を押さえた。借金を後悔するセンチメンタルな感情からではない。突然心臓がバックリバクリと不整脈を刻み出し、本気で息が苦しくなったんだ。こいつは、俺の体がビビっているってことか。畜生、やつらの恫喝ときたら、耳から注入された劇薬のようだな。
 すると、やつらは今度は猫撫で声で始めた。喋るごとに声の主は違うものの、誰が喋っているのかなど些事にすぎん。誰であろうが、俺を追い詰めようという情念は同レベルでハイレベルであろう。もはやベンツが喋っていることにしても構わんよ。
「ははは、脅かしが過ぎましたかね。おい先生、冗談さ。おれらは優しいんだ。そんなヤクザみたいな取り立てはしねえよ。マンション売るのも内蔵売るのも無しにしてやる。ところでな先生、知り合いの保険会社が、おすすめの生命保険を紹介してくれたんだが、先生入りたくねえか? 先生だっていつ結婚して家庭を持つかもしれないし、万一を考えると入っておきてえだろう。そうだ、さっそく明日、保険の審査と手続をやろう。ハンコ持って来いよ。なに、あとの手続きはこっちでやる。明日の夕方、市内の×××っていう事務所を訪ねてくれ。来なかったらな、実家とか家族とかよ、何がどうなるか分からんぜ。さてと、神、先生に帰りの電車賃を渡して差し上げろ。じゃあな先生。さっきJAF呼んどいたからよ。車はレッカーで持って行ってもらいな。明日、待ってるぜ」
 ……こうして、
 不毛にだらだらと綴られ続けるものと思っていた俺の人生に、ピリオドをグリグリと刻むペンが下りて来ようとしていた。
 どうすりゃいいんだ?
 
 
 八方の山から市内へ吹き付ける風の寒いこと。夢ではないようだな。
 駅前には人がそれなりに往来しているが、俺のような用事でA駅に降りる奴は何人も居ないことだろう。
 やつらの目的は察しがついている。俺を高額の生命保険に加入させ、近いうちに俺を殺し、保険金をせしめるつもりだ。一億の生命保険なら、全額受け取れば七千七百万の儲けも出る。おおかた自分たちの手の女を保険金の受取名義人にし、その女と俺を偽装結婚でもさせるつもりだろう。まずいことになったよな。いつかこんなことになるだろうと思っていないわけじゃなかったが、実際追い詰められてみたら、俺は身動きが取れなかった。警察に駆け込んだとしても、やつらは「保険屋を紹介しただけ」などと白ばっくれるに決まっている。警察にも、「借金の相談なら弁護士事務所に行ってね」と言われておしまいだろう。そして、警察にタレ込んだ俺の命は無い。
 やつらの指定する×××事務所に行かなきゃ行かないで、やつらは予告通りに実家や学校に押し掛けるだろう。神の会社とは違って「優良」ではないからね。そしたら俺は最低でも職を失うだろうな。
 それに、俺のせいで実家や学校の人間が迷惑を被ることを考えると、俺は耐え難い屈辱感に身悶えするのである。遊技場でのみ心からの安らぎを得ることができる俺にとって、実家や職場など、クズのようなものに過ぎない。実家は農家を継げだの介護しろだのとうるさいから、とうの昔に飛び出した。職場で働いているのは、遊ぶ金を稼ぎ出すためだけだ。そこに居る人間たちは、俺にとって心の底からどうでもいいやつらであり、俺が一杯の飯に窮した時、やつら総員の命が飯と交換できるとしたら、俺は間違いなくやつらを差し出して飯を食らおうと思っている。そういう下らないやつらに迷惑をかけ、あまつさえやつらのカンパで借金を弁済してもらうなどという屈辱を想像すると、腹の底が寄生虫に齧られてでもいるようにムズ痒くなってくる。やつらは全くどうでもいい生物だが、どうでもいい生物に借りを作ることはどうでもよくなかった。どうでもいい生物の分際で、こういう時のみどうでもよくない生物に昇格しやがるというのか? お前らごときに、この俺様に貸しを作るという高等な所業ができていいはずがないだろう。神を信じない俺でさえ言い切ってやろう。そんな無情は神が許さん、と。
 かくして俺は奴らの指定する×××事務所に向け、時間的にも空間的にも着々と近付いていた。事務所の入っているビルなら頭の中で塗り絵にしてイメージできる。そのビルの一階には、俺が月に三度は通うパチンコ屋が入っているからなあ。
 幸か不幸か、俺は真っ昼間からA市入りしていた。先生の仕事? こんな日にまで勤勉に働いていられるかい。やつらが来るようにと指定した時間帯は夕方。A盆地の紅葉した山に太陽が隠れるまで、二〜三時間は自由に使える。さて、何をしようか。
 それにしても、駅前を歩く人たちの何と「普通」なことか。スケルトンのエレベーターで運ばれる買い物客も。駅ビルのレストランで、笑うのをやめたら負けであるかのように会話している姉さん方も。携帯で話しながら駅に入って行くサラリーマンも。あんたらは何て「普通」なんだい。あんたら、家に帰ったら普通にテレビ見てメシ食って晩酌して寝るんだろうな。
 うらやましいなあ。
 俺はこれから命を質入れに行くんだぜ。そして、質草を請け出せる術は恐らく無い。俺の命はヤクザどもに握られ、やつらが思い立った時に握り潰されることになる。明日か、三日後か、半年後か。いずれにしても長くはないさ。保険の掛け金だってバカにならんし、ヤクザどもも早いとこ債権を回収したいだろうしね。くそっ。なじみ深いはずのA市の街並みが、俺とは全く無関係なモノに見えやがる。まるで、1/1スケールの無駄に壮大なプラモだ。踏み潰してしまおうにも、でかすぎる。俺はこの中でさまようしかない。
 不可解で不快なのは、街だけにとどまらない。人間もだ。通りすがるフリをして、俺を監視しているロボットに見えてきやがった。俺が死んでヤクザどもを潤わせるまでは、街の外に出してやらないという算段なんだな? 勝手に監視していろ。その前に俺はお前らをバラバラに……。いかん。俺としたことが、思考が錯綜してパニック状態を呈してきているじゃないか。こんな中で三時間も過ごすのは少々苦しいぞ。
 だが、そんな三時間でさえ、現在ただちに×××事務所に向かうよりは有難いと即答できる俺がいるとはね。
 最悪なモノをひと飲みにするよりは、そこそこ劣悪なモノを酢コンブのようにクチャクチャ味わい続ける方がマシというわけかね。こういうのは、人間に備わっている「救われたい」という機能のうちなのだろうか。じつに、救いようがないなァ。
 俺は駅前から退避した。この場所は噴水でいえば噴き出し口みたいなもので、A市に遊びに来る人間の多くはここから湧き出し、街じゅうへ流れて行く。人間濃度の低いところに行きたかった。
 ×××事務所までの四百歩どころか、千百歩も歩いて中心街を外れ、俺は小川のように曲がって流れている細道を見付けた。
 白いブロックが敷き詰められている道で、見掛けも小川のようだ。盛り場から若干離れているだけなので、色々な店が軒を連ねていた。
 俺は道の脇で適当に腰を下ろし、とりあえず煙草に火をつける。その煙の中に立ち上がってくるものは……。昨日まで長々と続き、かつ一日こっきりしか無かったようにも感じられるギャンブルの日々。
 楽しい日々だった。これからも、命あるかぎり、続いて欲しいと願う。頂けないのは、命が無くなっちまうという一点のみだな。
 ちくしょう。
 と、俺は思う。古びたデパートやら、無機質なオフィスビルやらが集合している景色を眺めつつ。
 この街は、言い尽くせないほどに、俺を楽しませてくれたよ。
 俺を捕らえて飲み込もうとしているのも、同じ街なわけだ。……そうだ。二千三百万は、俺の代謝活動みたいなものさ。俺は、夜な夜なボタンを押す日々に満足していた。満足した生活を送るためには、二千三百万は必要なものだった。その二千三百万が俺を殺すというなら、何もおかしいところはない。この世界は、今まで満足したぶん早く死ねと、そう俺に告げているようだ。よし、分かったとも。俺は煙草をポイと捨て、靴底で踏みにじる。
 ……死ねるかよ。バーロー。
 俺は第四クォーターで百点差つけられているバスケ選手がスコアボードを睨むように、ニヒルに虚空を睨んだ。
 虚空を睨んだのは、スコアボードが無かったからさ。
 そのかわりに、道の真ん中を歩いて来る少女の姿がある。
 どちらからともなく、目を見交わした。俺は地面に近いところから少女を見上げ、彼女は俺を見下ろしつつ歩き去った。
「先生?」
 フリル付きの黒ゴシックなスカートがふわりとなびき、俺を振り返る。誰だ、お前。
 お湯を入れすぎたインスタント・コーンスープのような色の長髪。餅に生えたばかりの新鮮なカビのような、灰色の目。飼っているペットを可愛がりながら嬲り殺しにしていく時のような、喜びと痛さがまぜこぜになっている表情。どこかで見た。
 お前は、美奈か?
 いや、おかしいぞ。
 確かに、顔面的特徴からして、美奈しかないとは思うのだが。
 別人のように肌がツルツルしてスベスベしているのは何故だ? 例のスプラッタ顔で黒ゴスファッションを纏っていたなら、ますますホラー映画的な迫力は出ただろうに。A市程度にはちょいと居ないような、単なるいっぱしのゴスロリ少女になっちまっているじゃないか。そういえば、言っていたよな。死神(おまえ)は人間の魂を摂取しないとシワシワになってしまうのだと。
 っていうことは、今のお前は……。
 フッ、と俺を挑発する嗤いを吐き出した。
「なぜA市に来ているの。生徒指導に目覚めて、死神生徒の暴走を止めようと思った? もう食べてしまいましたけど
「なるほど。その肌の具合、予想通りというわけだ。だけど、うぬぼれるな。生徒指導なんかする暇があったら、パチンコ屋にでも行ってる。今日は私用さ」
 そう。いくら死神といえども及びもつかない、大人でダーティーな用事がね。
「なんだ。そう」
 美奈はパチンコ屋で最後のコインを使い切った俺のように、つまらん顔をした。俺は黙って大通りの方へ踵を返した。こいつも一応俺の生徒ではあるわけで、担任が借金まみれになっている実態など、まだ知られるべきではない。
 だが、タイミング良くというか、大通りを黒塗りベンツがのろのろ巡回しているのが見えたりするんだよね。俺の強迫症的精神が生んだ幻? ……かもしれないが、どうも中心街に戻るのは気が進まん。そこで渋々再度ターンする俺を見て、変なお兄さんだと美奈は思っただろうな。社会見学で工場にでも来ている生徒みたいに俺をマジマジ見ている。
 で、通りすがりの人々は、俺達をジロジロ見ている。何だよ、援交の交渉をしているように見えるのか? 俺はまだ二十代なんだがね。というかこの子の担任なんですがね。まあ、ハーフの美奈は人目につきやすい上に、そのゴス系ファッションも人目を集めざるを得ないだろう。黒一色とは言え、肩出し、ミニスカ、黒タイツ。だいたいなぜ、スカートのその場所にリボンがぺたぺたとくっつくのだ。リボンというのは、何かを結ぶためのものじゃないのか? そんな疑問が湧く俺は、やはりオヤジと思われてもしようがないのか。道端の店のウィンドウには、俺達二人の姿が映る。これがまた、綺麗に俺のくたびれた肌色が分かるほど透明なガラスなんだ。
 中はというと、喫茶店みたいだが、客が誰も居ないのも丸分かり、神経質そうな店主の髪の毛が無いのも丸見えだ。
「喉、渇いたな。私にコーヒーおごってくれません?」
 美奈は俺を一瞥し、とっとと店内に入って行った。
 生徒のくせに、召使でも見るように俺を見てやがる。
 女ってのは、好きなものを食ったり飲んだりする貪欲さにかけては、軽く男の数倍だからね。こないだのミカンで味をしめやがったな。
 それにしても、死神少女の装束のごとくブラックなお話だよ。これから生命保険で借金を返そうという貧乏な男が、コーヒーをおごらせられることになるとはね。いいだろう。最後に一杯もおごり、教師の威厳とやらを示してやろう。そして、学校に来るように説教の一つでもプレゼントしよう。ハハハ。そんな場合じゃないのだがなあ……。
 
                    Ψ
 
「いいか。お前なあ、ちゃんと学校に来なきゃいけないぞ。俺だって欠席を出席にはしてやれないんだからな」
 十分後、本当に説教している俺がいた。窓際の奥まった座席とコーヒーによってリラックスできたことが大きい。
 リラックスしてみると、俺の現在の落ちぶれざまに対して、そこはかとない哀愁が湧き上がってきて、その心情を歌詠みのごとく表現したくなった。生徒の前で露骨に嘆き節を語るのもカッコ良くないから、説教という形式を借りて感情を表現するわけだ。正直、美奈が学校に出れる余裕のないことは分かっている。
「そういえば、今日は蝿はどうした? 見当たらないな」
「さあ。厨房で毒でも盛っているのかもしれない。憑いていると言っても、四六時中私にベタベタしているわけではない。居ない時は大抵良からぬことを企んでいるけど」
 美奈は黒いサテンの長手袋に包まれた指でコーヒーカップをつまみ、匂いだけを嗅いで戻した。飲まないのか? 俺に注文させておいて。
「まあ、死神稼業とやらも程々にするんだな。進級できなくなった末に退学なんてことになったらつまらんだろう」
 俺ときたら、まるで教師みたいな、心にも無いことを。
 違うんだ。言いたいのは、こんな説教ではない。俺は今の心境を語りたい。この世界での長いような短いような綱渡りに失敗し、身を持ち崩そうとしている俺の気持ちを。
 しかし、なぜだ。秋の昼下がり、表通りをふわふわ舞う落ち葉を見ながら日光をガラス越しに浴びているだけのつまらん時間が、なぜ歯医者の待合室での時間のように「過ぎないでくれ」と思えるのだろう。そしてなぜ、誰かに今の心境を喋りたくてしょうがないのだろう。
「何を暗い顔してるんですか。憂鬱な感じは、先生には似合いませんよ」
 美奈が冷ややかに言い放つ。顔に出てしまっていたか。短いセリフでえぐってくれるねえ。
「ああ、すまんな。出る時のコーヒー代が心配になったもんでね」
「そんなにお金ないんですか?」
「その通り」
「じゃあ、ずうっとここに居ましょうか」
 美奈は笑いという感情への冒涜にあたるような適当さで笑った。というか、自分が払うとは言わないのかよ。
「そういえば、先生? 藪から棒ですけど、ゲーテが書いた『ファウスト』って知ってます?」
「ほんとに藪から棒だな。『ファウスト』か。あらすじなら知っているが。悪魔のメフィストフェレスが出るやつだったよな?」
「ええ。人間であるファウスト博士が、悪魔のメフィストフェレスの力を借りて野望を叶えていくお話です。最近、読んでみたの。そこで一つクイズを出すわね。――ファウスト博士は、人間のみならず神様たちをも巻き込み、次々と自分の野望を実現させていきます。まさに無敵。超人。主人公特権。ですが、そんな博士の前に最後まで立ちはだかった敵が存在しました。さて、その敵とは、いったい何だったでしょう?」
「知らんよ。そんなの。ヒントも無しに分かるか」
「今の先生」
 という一言とともに、サテン手袋の人差し指が俺に突き付けられた。
「答えは、憂鬱=v
 美奈の顔も、どこか気怠げだった。
 その時俺は、今まで不可解だった美奈の表情について、謎が一気に吹っ飛んだような気がした。学校で会った時から現在まで、美奈の顔に一貫して取り憑いているものは、憂鬱≠セ。しかしなぜ今まで俺は気付かなかったのか。それは、憂鬱でないように見えたからだ。俺は今まで美奈を、感情表現に鈍感で表情に乏しい、生まれつきのメンヘラー少女だと思っていた。セロトニンでも与えておけば鉛のような表情をたちまちハッピーに変えられるような、そんな簡単な症例に過ぎないと感じていた。感情が鈍麻なだけの病気なら、薬で治療できると。
 だが違う。病気ではなく正常だとしたら? チョコレートのコーティング過程に放り込まれたアーモンドのように、自分をベタベタと封鎖しようとしてくる憂鬱の流れから抜けられないとしたら? 
 たとえば、放し飼いにしていた犬を鎖でつなぐと、最初こそ吠えたり暴れたりするけれども、しばらくすると大人しく犬小屋の前で伏せていたりするものだ。そして、その顔には気怠そうな無表情があらわれ、半閉じ状態の目は何処も見ていないかのようになるのである。その犬は、自分が犬小屋にて終身刑に処せられたことを気付いているだろうか。俺は、気付いていると思う。
 人間の場合だって、いつ終わるとも知れない終身的憂鬱に包まれるとしたら、わざと心の感度を落とすことがあるんじゃないだろうか。そうでもしなければ、発狂してしまうだろう。もしかしたら美奈は単なる正常な人間なのではないだろうか。死神の運命という恒久的な憂鬱の中に投げ込まれた結果、心を防衛するために、無意識に感情のレベルを落としたのではないだろうか。憂鬱に付き物の暗さや重さが感じられないほど、憂鬱に馴染んでいただけなんじゃないか。
 まるで、憂鬱に退屈して見えるほどに。
「ほう。よく当てたじゃないか。たしかに俺は今、憂鬱でねえ。ヤクザに二千三百万も借金して、借金のカタに生命保険に入れられようとしているんだよ。私用ってのはそれさ。はっはっはっ」
「つまらない冗談ね」
 美奈はコーヒーカップなんぞ見ている。
 ちっ。
「だから俺の場合は、鬼気迫る憂鬱≠ネわけでな。ヤクザどもが居なくなれば、憂鬱の原因は解消さ。常に気怠い感じを漂わせているお前の憂鬱とは違う」
「気怠い……?」
 美奈の上瞼がピクリと反応し、俺を睨み上げる。
 そして、鎌のような口の形で、嘲笑。
「国語教師なのに読解力に欠けるわね。私が本当に気怠いとでも思ってます? つまらないんですねえ。ウフフフフ」
 お前、目が笑ってないぞ。
 どうやら俺のネガティブな軽口は、美奈の中で不自然な色をして燃えている炎に燃料を注いでしまったらしい。
 美奈はティースプーンをコーヒーの中に突っ込み、凄まじいスピードで掻き混ぜだす。
 以降、この店のBGMであるバロック音楽を十二倍速にしたような狂気的な流れを感じさせる病的演説が展開された。身振り手振り豊かに、かつ無表情に独演する美奈を想像してほしい。
「この際、ファウスト博士が憂鬱を退治したかどうかのネタバレはどうでもいいですね。あなたは私を誤解しています。その誤解を正す必要があると認めます。私が気怠そうに見えるというご指摘だけど、本当は全く気怠いわけではございません。死神の運命の非情さをビシバシ感じます。もう超絶憂鬱です。だって人を殺さないと生きていけないし、生きるんなら永遠に殺し続けないといけないんですから。かと言って飢え死にするのはごめんだし、バエルに殺されるのもムカつきます。こんな運命であることに、怒りと嘆きを感じます。しかし運命を呪ってばかりもいられません。自分を呪い、見殺しにしたらどうなります? 飢え死にするだけ。無抵抗でバエルに殺されるだけ。そんなの、ムカつきませんか。ていうか、そういう構造になっていること自体が、理解しがたいと思いませんか。何もしないでこの世界にボーッと突っ立っていたら、私はこの世界から生殺しにされるだけなんです。私は、そういう死神ゲーム≠プレイしている。ゲームというわけは、死神の人生は強制スクロール付きの無限アクションステージだから。止まれば飢え死にです。止まらなくても、殺されるかも。なんていうクソゲーですか。ありえないじゃないですか。だけど、私は死にたくはない。死ぬのは嫌ですから、プレイするのを降りないんです。そして、こんなバカバカしいゲームのことなんか考えるだけ脳内のブドウ糖の無駄ですけど、そのバカバカしさについて考え、憂鬱になることは忘れません。憂鬱に悩まされるのは、様式美です。死神ゲームのプレイヤーとしての美しさです。私は、美しいものを愛します。だから、死神として生きていながら、人を殺すとき心一つ動かされないのは罪です。私が気怠い感じで死神稼業をやってると思ったら大間違いです。人を殺すたびに傷付くし、悲しいし、憂鬱になってます。ママを殺しちゃった時の次ぐらいに。毎日人を殺しているなんて、嘘ですよ。簡単に殺せるわけないじゃない。そりゃあ死神ですから、三日も殺さないと腹ペコだし、顔もシワシワです。だけど空腹にさえ耐えられれば、死神が生きるためには、一期≠ノ六人程度の魂をもらえば十分なんです。だから、できるだけそうやってます。気怠いように見せてるのは、常に余裕っぽく見せてる方が美しい気がするからです。大昔のプロ野球選手みたいでしょう? 本当に何も感じないで人を殺すような『達観』した死神は、単に鈍感なだけ。鈍感さは、罪です。毎日ゴロ寝して死ぬだけの飼い猫を思い浮かべてみて。全っ然、美しくないわ。私は美しく居たい。死神の運命は、確かに重いわよ。だって、無限に続くゲームだもの。無限なものに勝てるなんて、とても思えません。きっといつか押し潰されて、飢え死にするか、殺されるんだわ。ただ、勝てない『から』立ち向かう、くらいの気概は欲しいところですよ。やけっぱちに見えますか。だけど、ま、いいんじゃないですか。正真正銘の、百パーセント純粋な、無意味で理由のない、足掻き。それが私の死神ゲームを美しくしてくれるんです。ゲームの結果を考えることなんか、無駄もいいところ。だって結果は分かっているじゃない? 勝てるわけないんだって。私は、死なないわ。死ぬまでは、絶対に死なない」
 重苦しい内容の演説の果てに、美奈は灰色の目をキラキラさせている。
 嬉しそうだな。突き抜けた女子高生だよ。
 だが俺は、
「そうか」
 と返しただけであった。
 正直、美奈の演説は俺の耳から一センチほど入ったところでまさに俺の脳に巣食う憂鬱に撥ね返され、外へボロボロこぼれてしまっていた。どうやら、死について? 語っていたようだが……。
 まあ、お前の言った通りでいいんじゃないの? 女子高生が何時間か掛けてひねり出した考えに過ぎないとしても、俺が死について語るよりは信頼できるだろう。なぜなら俺は、ヤクザどもに命を狙われるたった今になるまで、自分の死について考えることなぞ無かったんだからね。なにしろ、死神が死を語るんだ。きっと正しかろう。
 しかしだ。現時点の俺にとって、正しさ≠ェ何の味方となってくれよう。俺は怖い。死にたくない。だが、ヤクザどもから逃れる術は無い。死ぬ以外に無いんだよ。理屈や議論は俺が担当する国語の授業で手を挙げてくれ、そういう機会が未来にあれば……。
「面白くなさそうですね。私の話が分かりませんでしたか?」
 美奈は目のキラキラをやめ、元通りおぼろ月のようなフィルターをかけた。
「せっかく話しましたが、反応が薄いので私も鬱になってしまいますね」
 櫛通りの良さそうなクリーム色の髪に指を通し、腰の大きなリボンが型崩れするのも構わず椅子にもたれかかった。
「とは言いながら、鬱な気分も、それはそれで良いものです。それは甘くて苦くて、そして美しい。足元から渦巻き状にとろけて吸われるみたいな快さが感じられ、悪くないですよ」
「そうか。そいつは良かったな。だが、残念ながら俺は憂鬱を美しいとは思えんね。むしろ、ハゲ主任並みのファック――。なにせこの俺様は、借金のせいでヤクザに殺される運命にある。切羽詰まっているからなあ」
 さりげなくカミングアウトする。むろん、冗談めかしてだ。真剣に嘆きを表出するなど俺のキャラに合わないし、本気で相談したからといってこんな小娘に何ができる? 病的な禅問答へとなだれ込むくらいだろう。だから、お前は本気で聞く必要は無い。学校で見ている通りの半端教師が例によって冗談を飛ばしていると思ってくれ。この際、俺はそこに居るお前に言葉を投げ付けられればいいんだ。そうすれば、ストレスでパンクするのを先延ばしぐらいできそうだからな。俺はお前の話を親身に理解できる状況にはないし、お前も俺のカミングアウトを三級ジョークだと思っていればいい。並んでいる二本の木のように、交わるところなく行こうではないか。
「借金ですか。またその話を引っ張るの?」
 美奈は苦笑する。絵空事だと思っているな。よし。
「ああ、そうなんだ。×××という事務所まで来るようにと言われていてな。俺はその事務所で人生を終える手続を済ませる。そして一時的に開放されるが、まもなく死ぬことになるだろう。他殺には見えないような死に方でね」
「へえ。本当なんですか」
「本当だ」
「回避できないんですか」
「できん」
「では、死ぬしかありませんね」
 美奈は俺の肩あたりをボンヤリ眺め、非常にドライに呟いた。
「なんだ。諦めるのが早いなあ。足掻くのが美しいんじゃなかったのか?」
「足掻くのを強制終了させるのが、死だから。死は、甘美に受け入れられるものではない。それは夜道を横断する猫にとっての自動車のようなものだと思う。猫は、いつだって自動車の姿が見えたら全力でビビる。そして、全力で逃げようとする。全力で逃げたとしても、轢かれないで済むかどうかは、自動車のスピード次第。自動車が飛ばしていたら絶対轢かれる。しかし猫にとっては、とっさに引き返すという選択肢は無い。所詮、小さな額の中の脳味噌に過ぎないから。だから猫は道路があったら渡るだけ。毎度毎度、繰り返し。轢かれたとしたら、運が尽きていたということ」
「なるほど。俺は轢かれるか。この前のスロットで死神に運を吸い尽くされたようだな!」
「あながち間違いじゃないです」
 と美奈は言い、俺を見詰めたまま、服の胸元のリボンをほどいた。
 結び目に指を差し入れて両側に広げると、Iの字に閉まっていた結び目がVの形に開いていき、黒い生地の下に隠れていた白が露呈する。
 Vの形の合わせ目に指を突っ込んだまま、美奈は言った。
「先生。頼みがあります。私をここで犯してくれませんか」
 ちょうど軽くなった箱を傾けて煙草を取り出そうとしていた俺は、取り出したのかどうかも分からずに箱を胸ポケットに戻してしまった。うっかりレジで金だけ払って、商品を受け取らずに帰ってしまう客のようにだ。
 いたずらなら分かる。ニタニタ笑いながら俺の反応を楽しんでいるなら、「ふざけるな」で済む。しかし美奈がそういう顔をするはずもない。まだニワトリすら起きていない早朝のような硬くて薄い空気を湛え、俺を見詰めている。言葉通りに受け取れというのか? 教師が教え子に手を出せると思うのか? それとも、俺が死ぬと言ったものだから、死ぬ前に楽しい思いをさせてやろうというわけか? 「ここで」と言ったのは、死ぬ前ならそのぐらいの度胸はあるだろうという挑発か? やめろ。ふざけるのは。今の俺の目を見て分からんのか。本当にテーブルを乗り越えかねない狂気に満ちているんだぞ。
 美奈は、合わせ目をIの形に締め直し、リボンを再び結んだ。
「どうでしたか。今の時間」
「な、何がだ?」
「……夢中になれましたか?」
 今さら恥ずかしくなったのか、顔を伏せて訊いた。
「さあ、どうかだかね。何がしたかったんだ?」
 俺は失笑しつつも、なぜか爽やかだった。
「この前スロットに行った時、私は先生から学び取ったんです。マシンを眺める血走った目。ボタンを押し続ける集中力。先生を見て、思いました。あ、この人、スロットマシンに巻き込まれてる……。ゴミ収集車に巻き込まれるゴミ袋みたいに……。ボタンを押すことしか、頭に無いんだろうなって。そのとき、気が付いたんです。つまり、夢中になることで、死は追い出せると」
 美奈は身を乗り出す。また目がキラキラし始めたぞ。
「ヤクザの人に狙われているんなら、夢中で逃げたらいいじゃないですか。捕まってしまったら、夢中で暴れればいいじゃないですか。そしたらきっと、死ぬのは怖くなくなります。安心して死んでください」
「いやはや、本気かい」
 俺は色々と呆れ果て、沈黙するのみであった。
 お前が普通にニッコリと笑ったのは、これが初めてじゃないか? 
「先生、大丈夫ですよ」みたいなノーマルな台詞の方が、そういう顔には似合うはずなんだがね。


 そんな時、俺達のテーブルが急に暗くなった。
 ゴンゴンゴン。
 窓が揺すられる音。
 立派な阿形吽形(あぎょううんぎょう)像さながらに窓から影を落とすのは、二人の巨漢であった。
「美奈。問題のヤクザだ。見付かっちまったな」
「え。本当なんですか? 作り話じゃなく?」
 ああ。これがCGだと言い切れるなら話は別だけどな。少しは信じる気になったか?
「もう逃げられないな……」
 二人が入り口に向かってくる時間を利用して、俺は美奈に頼んでみる。
 もはや、常識≠ニか現実≠ニかいう縛りは吹っ飛んでいた。俺は、可能性≠ノのみ賭けたのだ。
「美奈。お前が死神なら、あの二人を殺してくれないか?」
「それは、無理よ」
「どうしてだ。人の命は平等などと言うのか。平等ではないにしても、少なくとも軽いものではない、などと言うのか。そんなのは俺も知ってる。……だけど、頼んでいるんだよ」
 俺は美奈の肩をがっしりと掴む。
 この死神を離してたまるか。
「無理よ。だって、冗談ですもの。私が死神だなんて。作文の話を廊下で発表されて腹が立ったから、適当に創作して先生をハメたんです。蝿は手品(マジック)ですし、顔の皺はファンデーションの厚塗りでした」
 淡々と読み上げた。
「学校で会った時に言ったことを覚えていますか。あなたのような人は理解できない、と。そういうことです」
 な……。
 ちょ……。
 良く分からん。何がどうなってる。状況を整理しなけりゃ……。そう思っていたら、俺の肩に巨漢の手が乗った。
  そして俺は、店の前に停められている奴らの黒ベンツに押し込まれた。奴らは格好をつけて、「探しましたよ先生」などと言ってみせたが、本当に探していたわけではなかったらしい。市内をぶらぶらしていたら俺が見えたそうだ。だいたいまだ夕方ではないわけだし、やつらが俺程度の客を必死で探さなきゃ今月を乗り切れないような零細団体じゃないことは、下っ端らしい巨漢二人が乗っているベンツのグレードを見ても分かる。俺の尻は黒い牛革シートにずぼりと沈み込み、実に快適だ。
 あの喫茶店に入ったのは、つくづくマズったな。細道・裏道・物陰というのは、警察とチンピラが共通して入って行きたがる所だからな。あんな細道にガラス張りの喫茶店があったのでは、早期発見してくれと主張しているに等しかった。
 この車は凄いな。スモークが掛かっている窓から見るA市は、まるで真っ黒い霧の中さ。まわりの車は煽るどころか近づいても来ない。高い剛性と静粛性を兼ね備えた車体は、あたかも飛行中のジャンボジェットのごとき安定性を感じさせる。……って、車のセールスマンでもないのに、俺は何をチグハグなコメントを吐いているのかな。このまま×××事務所に送り届けられたら、俺の人生はおしまいなんだぞ?
 よりチグハグなことは、俺の隣に美奈が乗っていることだが。
 しかも、運転席と助手席の阿形吽形は気付いている様子がない。とくに運転手よ、お前の真後ろにいるんだからルームミラーで確認したらどうなんだ。そういえば、俺を車に乗せた時も、俺より先にするりと割り込んだ美奈を気にする様子は無かったな。
 ……見えていないのか?
 現在、車内はとても朗らかに会話ができそうな空気ではない。
 俺は、静かに呟いた。
「嘘じゃなかったのか?」
「嘘じゃねえよ、先生。嘘だと信じたい気持ちは分かるがな。だが身から出た錆、観念してもらいますぜ。なに、手荒なことはしねえや。ちゃんと送ってやるからな」
 ダルマのような後頭部が答えた。
「嘘だと言ったはず。死神などという非常識な存在があるわけない。私はノーマルな人間」
 美奈が答えた。
 前方の二つの後頭部は、振り向くことはない。
「なぜ、分かっていないんだ?」 
「とぼけんなよ先生。てめえで借りた金のことも忘れたのかい。今更言い逃れは止めましょうや」
「二人が極端に運転に集中していれば、第三者の存在が意識されないこともある」
「なるほど。たしかに、理屈ではそうかもしれないな」
「そうそう。素直になってくれるのは、有難いですなあ。印鑑は持って来ましたよね?」
「そう。確率論の観点からも、あり得ない話ではない」
「そんな話よりは、死神だっていう創作の方がよほどリアルに思えるのが不思議だ」
「あたしらが死神とは喩えが悪い。あたしらは債権回収に当たっているだけですぜ。まあ、死神と罵られることはありますがねえ。そう罵る方々は不思議と不幸な死に見舞われるんですよ。あたしらは本当に死神なのかもしれやせんねえ。くっくっく」
「たしかに、創作は時として理論よりもリアルになる。たとえば、『ファウスト』という絵空事が、生きることは素晴らしい≠ニいう一命題の説得力を凌駕するように」
 美奈は運転席に向けて左手を差し上げた。
 黒い長手袋が自動的に巻き上がっていく。
 いや、そう見えただけか!? よく見ると、手袋は何百匹の蛭がうねるように流動し、手の先に向けて移動していた。なんということだ。俺はこう形容するしかない。――今まで長手袋だったはずのモノは、もはや僅かたりとも手袋ではないと。
 そのモノが流動と変形を終え、美奈の細腕が完全に露出した時には、青白い小刀(しょうとう)が左手に装備されていた。その刃渡り数十センチとおぼしき小刀だが、果たして固体か、液体か、発光体なのか? 判別をあやふやにさせる怪しさに満ち満ちている。
「刺す場所と深さによって、魂が脱落するまでの時間を調節できる。今は八割方思い通りにいく」
 美奈は刀を引いた。
 運転席の後ろから、音もなく刃を沈めた。
 まるで、豆腐だ。左の拳がシートにくっつくまで深々と突き刺した。うわぁ、運転している男のビール腹から、刃先が正三角形状にチョイと突き出していやがる。痛くはないのか? どうして普通に運転を続けていられるんだ?
 美奈は突き刺した時と同じく、音もなく小刀を引き抜いた。小刀ではあるが明らかに銃刀法には引っ掛かるであろうその刀身には、男の体液も血液も付着していない。お盆の時期に飾る回転灯籠のような冷めた光を帯びている。
 美奈は小刀を持ったままギロリと俺を見上げ、その目からは何も読み取れなかった。美奈は俺に向かって席を詰めて来た。三十センチの向こうに、やつの小刀がギラついた。しかし俺は、存外に冷静に彼女の演舞を見ている。この青白い小刀が、今にも俺の体に沈み込んでくるのかもしれないが、運転席の男の様子を見ていると、恐らく痛くはないのだろう。そんな不思議な刃になら、一度刺されてみたいものだとさえ感じた。
 だがそれよりも、俺は漠然と予感していた。美奈は俺を刺さないだろうと。そして俺の予想通り、美奈の左手は一直線に助手席の男に向かった。小刀が男の首の直径部分を鮮やかに貫いた。
「済んだ。持ってて」
 男の首から引き抜いた小刀を、美奈は俺に差し出す。俺は良く分からぬままに受け取る。何だ、これは。麩菓子みたいに軽いぞ……。
 不思議な刃物のメカニズムを説明することもなく、美奈はリアガラスに目を凝らし、スモークの後方に広がる道路状況を観察していた。鼠に飛び掛かるタイミングを計っている狐のような目を見た俺は、二度目の予感を覚えている。
 あまり良いことが起こらないような予感を。
 その時、運転席の男が、ダルマ状の大きい頭をがくりと垂れた。
 ハンドルを握ったままね。
 こら待て。お前らは暴力団であり、サーカス団ではないだろう。曲芸運転は困る。
 スモークウィンドウ越しに、A市の中心歓楽街が流れて行く。あ〜、水草の豊かな川底を流されている魚にでもなった気分だよ。ちらほらシャッターが下りているあたりは、わが地方都市のさびれぶりを物語っている。さしずめ、不法投棄物によって水草の生育に適さなくなった川底というところか……。などと悠長に観覧している場合ではない! 
 美奈、これはどういうことだ。早く運転手を起こすなりブレーキを踏むなりしてくれ。いま何処かにぶつかったら、一発でおしゃかだろうがよ。
 なのに、相変わらず飛び掛からんばかりの目つきをして、どこを睨んでいる? 
 俺か? いや、その視線は若干違うな。俺の、隣……。
 俺の席の窓か? 
 俺も美奈から視線を切り、こちら側のウィンドウを見てみる。「△△KANKO」とペイントされた大型バスが、俺達をゆるりと追い越して行くところだ。
 バスの尻が窓を通過して行った、その直後、
 美奈が俺に飛び掛かって来た。
「おい、なんのつもりだ!」
 思わず叫んじまった。大の大人が、一人の生徒にビビリすぎだな。危害を加えられると思ったのは俺の勘違いで、美奈はドアを全開にしただけだった。
 ……な、全開だとぉ? 走行中なんだぞ?
 俺の背中から風が吹き込む。俺は慌てて中へ避難しようとしたものの、美奈が行かせてくれなかった。やつは行儀悪くも牛革シートの上で体を丸め、ちょうど靴の裏を見せて体育座りするような姿勢を取っていた。 
「死にたくなかったら、力抜いて」
 後ろについた手を突っ張りながら、美奈は軽くうなずいた。
 その瞬間、俺は美奈が何を企んでいるのか分かった。俺は、言われたとおり脱力した。シートを掴んでいた手も、放した。今のこの車は、死体のセルフサービスによる霊柩車もおんなじだ。このままのスピードで何処かに衝突したら、少なくとも、熟れに熟れた柿の実がギュッと握られたような、ズル剥けのみずみずしい姿になることは避けられない。それなら、いっそのこと……。
 だが、お前はどうするんだ。美奈。
 どっ。
 俺は蹴り出され、車外へ吸い込まれる。
 負けた時に俺が床に叩きつけるパチンコ玉のように、俺の体はアスファルト上を爽快に転がり続ける。それでも、ドアを開けたまま走り続けるベンツとの距離は広がるばかりで、あっというまに俺の視界から出て行った。
 やっとのことで俺の回転運動は収まった。後続の車は、だいぶ後ろで止まっていた。後続の運転手ときたら、目を真ん丸にしている。無理もないな。早いとこ車線上から退避しないといかんね。俺は、アクションを終えた映画俳優のような開き直りでスマイルを振り撒き、手など振りながら路肩に退散した。手足をすりむいているようだが、一応歩けるようだな。まずは一服して落ち着こうか。
 ところで、美奈の車は?
 ドン!!!
 遠方からの乾いた爆発音。シャッターの下りている旧デパートの軒下、ベンツが横転し、炎と黒煙を吹き上げていた。俺は片足を引きずりながら、現場に近づいて行く。もちろん、阿形吽形の心配をしていたわけではないぜ。やつらが存命だとしたら、引き続き俺の事務所行きツアーが再開されかねんからな。
 あの二人は、車の中で俺が見た限り、すでに物言わぬ存在と化していた。
 もし気を失っていただけだとするなら、美奈が迷いなく俺を蹴り出すことは無かった。二人を起こそうと試みたはずだ。つまり美奈は二人が死んでいることを知っていた。そういうことだろう? 自分の手で殺したのだから。
 そういえば俺は、美奈から渡された小刀を握ったままでいたことに気付いた。と思ったら、どういうことだ? いつのまにか小刀は長手袋に変わってしまっていた。
 おいおい、大丈夫だろうな、美奈っ。
 路面には横滑りしたタイヤ痕が残っていた。ここから直進すれば、大きな交差点にぶつかる。大事故を回避するため、ここで美奈はハンドルを切ったらしい。もちろん、急には曲がり切れなかった車は遠心力により横転し、廃ビルの軒先に衝突したというわけだろう。
 現場には早くも人垣ができ始めていた。キャンプファイヤーを囲む小学生でもあるまいし。俺は手荒く人込みを掻き分け、前に出て行くが、熱くて近寄れねえ。
「美奈……」
 ゴウゴウと黒い塊が燃え上がっている。
 俺が乗っていた時より、一回りコンパクトになったか。
 ここに閉じ込められた人間が生きているとは思えない。
 美奈、お前は何をしたんだ。どうしてこうなったんだ。分からないことが多すぎる。出てきて説明してくれ。説明しろ。勝手に死ぬんじゃない。
「美奈っ……!」
「なによ」
 ゆっくりと、ドアが持ち上がる。黒い車の中から、白い肌の死神が体をもたげた。
 驚いたな。無事だ。どういうカラクリか知らんが、肉体が焼けていないのはもちろん、黒ゴス衣装にさえ、綻び一つ見受けられない。
 何より驚いたのは、誰も彼も死神を見てもいないという、野次馬のリアクションなんだが。
 ひょっとすると……。喫茶店の前や、車の中でも、思い当たるフシがある。
 美奈の姿は、俺以外の人間には見えていないのではないか?
 俺は、上着のポケットの中で、長手袋をギュッと握ってみた。奇妙な小刀に変わる手袋しかり、人から見えなくなるゴス服しかり。死神の装束には仕掛けがいっぱいだな。
「そう。これは仕事着。死神になる時にバエルから渡されたものよ。死神の存在を知っている人間にしか、私の姿は見えない。透明人間になれれば、人を殺しやすい」
「今みたいにか?」
「そう」
 美奈は車から飛び下り、こっちに歩いて来る。片足で跳びはねるように。左足の膝から下がDNAの二重らせん並にねじれている。さらに気が付いたが、上半身にも重症が一箇所。左腕の骨が肩から突き出し、首に刺さっている。
「お、お前……。そのケガ……」
「心配いらない。死神にとって、肉体の重要度は一般人間の三十五分の一程度。鈍感、強靭、回復旺盛。普通の事故ぐらいでは死ねない
 美奈はベンツの残骸を振り返った。
 右の人差し指を鉤状に曲げ、自分に向かってクイクイと招いてみせる。
 すると、黒い車体からは人魂のイメージそのままの光体が二つ出て来るのだった。従来の人魂のイメージと違う点は、青白い色ではなく活き活きとした黄緑色に光っていたというところだけだ。意外ときれいだねえ。人魂は美奈の体に沈み込み、……あとは言わなくてもいいだろう。美奈のケガは完全に治った。
 しかし、言っておくべきこともある。それは、今の美奈は俺が見てきた中で一番美しく輝いていたということさ。これは歯の浮くお世辞ではなく、魂を二つも摂取した死神を描写した事実でしかない。
「ここに居ると、警察とかが来て厄介でしょう。離れた方がいいですよ」
「ああ。分かってる」
「じゃあ、駅にでも。歩けます?」
「大丈夫さ。誰かが身を挺して助けてくれたようでね」
「……」
 気のない顔で歩いて行く美奈に、俺は現在の心境を語った。
 こいつには語っておきたかったんでね。
「ありがとうな。死神」
 いつものように晴れと曇りの中間みたいな顔をして、死神女史は一度俺を振り返っただけであった。
 
                    Ψ
 
 俺は、A駅ビルのコインロッカー前に居る。
 A駅のビルは、御影石の箱を刳り貫いて造りましたという感じの、落ち着いた建物だ。所詮はわが地方のターミナル駅に過ぎないので、集まる人と電車の数を反映して非常にコンパクトであり、冷涼感すら漂っている。二階まで登らなければ改札口が無く、改札機も四台しか無いという不便な構造になっており、まったく実益的ではない。言い方を変えれば、美的でしかないということだ。
「やっぱり、創作じゃなかったなァ」
 俺は一人で呟いている……ように見えるだろう。
 隣には美奈が立っているんだが、死神の衣装を着ているコイツは人目に見えないので、俺は、恥ずかしい「独り言」が周囲に漏れないよう注意を要する。まあ、小さい声で喋っていれば大丈夫だ。一時間に一本の電車に乗るために一時間前からラッシュを形成するほど、A市民たちは心配症ではない。同じ理由により、ロッカーがひとりでに開いたり閉まったりしても、そんなに目立つことはない。A駅でなく東京駅なら、目ざとい人間が気付いて、テレビ局が怪奇現象の取材に来るかもしれんがね。
「おかしいと思っていたよ。あんな蝿が手品で出せるわけねえものな。どうして『死神じゃない』なんて言ったんだよ」
「試したんです。私がただの人間ということになったら、死神に助けてもらう≠ニいう道は閉ざされる。先生はヤクザに連れて行かれるしか無くなるでしょう。先生が生粋のギャンブラーなら、命が危ないドキドキ感さえ楽しめるはずだと思った」
 俺は、苦笑によって白旗を上げるしかない。たく、この死神は……。本当にドキドキしただろうがよ。
 しかし俺も、ギャンブラーとしてはまだまだということか。
「余計な演出をしてくれるなあ。俺を理解できないと言う割には、理解しているじゃないか」
「やれやれ。私が国語の先生をやった方がいいかもしれませんね」
 美奈は余裕たっぷりに溜め息をつき、ロッカーに預けていた赤のスポーツバッグを取り出した。
「先生、分かります? 理解できないところが分かるということは、理解できるところも分かるということですよ。先生はデリカシーは無いし、だらしないし、不真面目です。でも、シャレが通じる人だということは分かってました。おかしな作文を書く生徒が語った、おかしな死神話を、信じてしまうんですから」
 美奈はスポーツバッグを提げ、「トイレで着替えて来ます」と言い、俺の前を横切った。やつの使っていた44番のロッカーは少し開いていて、まだ何か入っているのが見えた……。
 ロッカー前にて、なにげなく煙草の箱を手に取った俺は、駅の中が禁煙だったことに気付いた。喫煙室に吸いに行くかね。しかし、吸っている時に美奈が戻って来るかもしれないしな。……って思ったら、なんだ、箱は空っぽかい。今日は結構吸ったからねえ。
 仕方がない、ちょうどこの場所からは、駅前の夕方が見える。金が掛かっている箱物であることを主張しているような、特大のガラス壁の向こうにね。一本の中でグリーン・イエロー・ブラウンの三色が楽しめるプラタナス並木でも眺めてみるとしよう。
 風情など微塵も感じるセンサーの無い俺が、鮮やかに紅葉するプラタナスからスロットマシンの点滅を連想しだした頃、美奈がブラックネイビーの冬服姿で戻って来た。
「じゃあ、これで。私は電車に乗るので」
「その格好で帰って、親父さんには学校に行ってたことにするのか」
「いつも通りのことです」
「帰る前に、何か忘れ物をしちゃいないか?」
「あ〜、そういえば、先生に手袋預けたままでしたよね。返して下さい」
 そっちかい。俺も忘れていたよ。
 俺は上着のポケットから、くたくたに縮こまった長手袋を出した。畳んでいなかったものだから、干しワカメみたいに汚くなってしまったな。
 美奈は、カマキリが獲物を捕る時のような速さで、俺から手袋を奪い取った。――おい、怒ったのか?
 さらに美奈は、体ごと俺にぶち当たってきやがった。
 不意を突かれた俺は、簡単に倒れてしまった。反射的にこみ上げた怒りを吐き出そうと美奈を見上げたら、俺の方なんか全然見ちゃいない。
 弓のように引き絞った腕の先には長手袋がピンと一筋に伸び、軽い衝撃音など立てつつ、例の青白い小刀に変化した。
 美奈は小刀を一閃した。まるで百五十キロのストレートを投げる投手のようにスマートで早いストロークだ。その手慣れた動作によって真っ二つにされ、バエルは連絡通路の遥か向こうまでバウンドしていった。
「チックショオオー! 帰リ際ノ油断シタトコロヲ狙ッタノニヨーッ! 失敗カヨ!」
 バエルは二つに分断されながら、ぶわぶわと戻って来た。
 しかし、隙を見せず小刀を構えている美奈を見て、当座は諦めたようだ。鎌の形に肥大していた前足は、小さなサイズに縮んでいった。体の断面からは、糸を引く納豆のように無数の小蝿が現れ、スプレーのりのように二つの体を接着していった。
「厨房で毒入りコーヒーを作っても飲まれない。直接攻撃も失敗。次はどういう手で来るの?」
「サア、ドウスルカナ。ダガ、今日中ニハ必ズ殺シテヤルゼ」
「殺させるものですか」
 あいこの勝負が続いているジャンケン相手を見るように、スリリングに笑う美奈。こちらも慣れた応対だな。命のやり取りをしている間柄とは思えん。
 こんなアクシデントがあったものだから、俺の頭の中にそれまで展開していた思考は消し去られてしまった。だから俺は、もう少しで美奈に改札の仕切り板を越えさせてしまうところだった。
「おい、美奈! 待て。忘れ物してるぞ」
 俺は44番のロッカーへ戻り、美奈の通学用カバンを取って来てやった。
「あぁ、これですかぁ……」
 俺もこの頃になると、美奈の二種類の表情を判別可能となっていた。いつもの気の無い顔と、いつもより気の無い顔である。
「ところでね、お前に一つ頼みがあるんだけど、家に戻ったら考えてみてくれないか?」
「頼み? 何ですか」
「ああ、実はな、俺の借金事件はこれで終了ではない。あの二人だけ殺しても、相変わらず借金は残っているし、きっと仲間どもが俺を狙って来るだろう。大人の世界は、複雑でネバネバしているんだよ。そこでだ、そういう事態になったら、再びお前の力を借りたい。タダでとは言わない。お前が摂らなきゃいけない魂の最低量を計算して、さらに学校にもなるべく出れるような殺人カリキュラムを作ってやる。できれば、殺る予定は休日に繰り入れるのが望ましい。出席を削らないし、俺も暇だったら一緒に行ってやれる。一応言っとくが、担任の仕事を頑張っているわけじゃないぞ。このくらいの条件を出さないと、二千三百万の返済から逃れる手伝いをしてもらえそうにないからな。どうだい」
「その条件じゃ、全然足りてません」 
 俺を見上げ、美奈は追加条件を出してきた。
「缶コーヒー、奢ってもらえます?」


 美奈がバエルを監視する傍ら、俺は構内の自販機で缶コーヒーを買い、美奈に渡してやった。
「もう、今年も秋になっていたんですね。気が付きませんでした」
 ガラスの壁の向こうで散るプラタナスを眺め、美奈は呟いた。
 一息ついた美奈は、スクールバッグの紐を両肩に掛け、ぶらりとバッグを提げた。
「帰ります」
「そうか。じゃあ、またな」
「ええ。また、明日」
 まばらな客にまぎれて改札をくぐる後ろ姿を見送り、俺は何となく思った。さて、二千三百万が掛かった問題だ。明日からの教師の仕事を、きちんとやってみるか。
 だがその前に、少しだけ駅前でスロットに興じるとしよう。

(終)
(0810)






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